2025-08-19

燕王府の黄昏

第11話 美女と醜女

北平ほくへいの後宮こうきゅうに、午後ごごの陽が白く差していた。簾越しすだれごしの光は庭石にわいしを照らし、風が白絹しらぎぬの暖簾のれんを揺らしている。徐じょは一人、茶を啜すすりながら庭を眺めていた。その背後に、猫のように忍び寄る気配があった...
燕王府の黄昏

第10話 氷の女の理

夜の帳とばりが北平ほくへいに落ちるころ、王府はいつにも増して静かだった。城の石壁が冷たく息を吸い、深いため息を地に吐き出すような、そんな気配に満ちていた。 その奥、燭の火だけが揺れる一室に、ふたりの影が向き合っていた。 ひとりは...
燕王府の黄昏

第9話 猫の慟哭

宮廷に潜ひそみ込こんだ二人の少年は、薄暗い軒下のきしたで息を殺していた。 イシハと馬三宝は、女真族じょしんぞくと色目人しきもくじんの血を引く顔立ちを宮女きゅうじょの白粉で塗り固め、絹の衣をまとって変装へんそうを凝らしていた。馬三宝の美...
燕王府の黄昏

第8話 猫の導き

「漢民族かんみんぞくのお前が辮髪べんぱつとは面白いな」と、高麗人こうらいじんの装束に身を包んだ桂が振り返りながら、笑みを浮かべて言った。その視線の先には、三つ編みを丁寧に結い上げた青年が立っている。 辮髪べんぱつ——それは異民族の髪型...
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第7話 猫娘憔悴

張の心は、もはや燕王えんおう朱棣しゅていの威光に照らされることはない。桂に振られて以来、その魂は深い闇の底に沈み、日々涙に暮れるばかりであった。心はといえば、遥か高麗こうらいの地にて剣を振るう静謐せいひつなる男のもとへと飛び去り、二度と戻る...
燕王府の黄昏

第6話 氷檻

夜、桂は宿舎しゅくしゃの窓辺まどべに立っていた。故郷の屋敷やしきを思い浮かべるたび、胸に氷塊ひょうかいが宿るのを感じる。 桂の屋敷は、夜毎に凍いてついた。妻は二人。康氏こうしと韓氏かんし、共に名門めいもんの血を引くが、愛情あいじょうな...
燕王府の黄昏

第5話 朝の別れ

夜明よあけの空気は冷つめたく、鳥の囀さえずりが静寂せいじゃくを破って響いていた。 障子しょうじに映る光は、まだ薄く、世界がゆっくりと目覚めざめを迎えようとしている時刻である。 桂けいは意識を取り戻した。枕辺まくらべに置かれた書物は開...
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第4話 夜更けの自省

三日。ただの三日間——されど、桂けいにとっては異様いような長さであった。 いつもなら、猫の足音が聞こえ、甘あまったるい声が近づき、控ひかえ室の障子しょうじが勝手に開く。けれどこの三日、音ひとつない。桂は筆を持つ手を止め、何度も...
燕王府の黄昏

第3話 静水深く、熱情潜む

秋風が簷のきを渡り、書斎しょさいを叩く。桂はひとり筆を執り、紙面しめんに黙々もくもくと文字を連ねていた。沈思黙考ちんしもっこうの姿勢は、凛りんとした水面のごとく乱れを見せぬ。だが、その内側に潜む熱は、誰に見せるものでもない。 静謐せい...
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第2話 孤庭、猫の影ゆらぐ

数日を経て、張ちょうと呼ばれる猫めいた女、まるで性に従うがごとく、朝な夕なに桂けいの周囲を遊弋ゆうよくす。 まるで野良の仔が、塀伝いに己が縄張りを確かめるようなものだ。気まぐれでいて、一途。 奔放に見えて、やけに執着深い。 なるほ...
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