燕王府の黄昏 第13話 離縁と号泣と猫の家出 春の陽がまぶしく降り注ぐ正殿せいでんに、似つかわしくない言葉が静かに放たれた。 「好きな人ができたニャ…もうあなたとは一緒にいられない」 言ったのは張――かつて燕王えんおうの妃として迎えられ、今は彼を拒絶し、名ばかりの寵姫ちょう... 2025.08.20 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第12話 月下の会見 夜風が肌を撫でる北平ほくへいの郊外、屋敷の一室に、静かな灯がともっていた。 李成桂りせいけいはその家の戸を叩き、無言で招き入れられる。 迎えたのは張玉ちょうぎょく―― 桂と同じ四十三歳。張の父にして、かつて桂の父・李子春りししゅん... 2025.08.20 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第11話 美女と醜女 北平ほくへいの後宮こうきゅうに、午後ごごの陽が白く差していた。簾越しすだれごしの光は庭石にわいしを照らし、風が白絹しらぎぬの暖簾のれんを揺らしている。徐じょは一人、茶を啜すすりながら庭を眺めていた。その背後に、猫のように忍び寄る気配があった... 2025.08.19 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第10話 氷の女の理 夜の帳とばりが北平ほくへいに落ちるころ、王府はいつにも増して静かだった。城の石壁が冷たく息を吸い、深いため息を地に吐き出すような、そんな気配に満ちていた。 その奥、燭の火だけが揺れる一室に、ふたりの影が向き合っていた。 ひとりは... 2025.08.19 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第9話 猫の慟哭 宮廷に潜ひそみ込こんだ二人の少年は、薄暗い軒下のきしたで息を殺していた。 イシハと馬三宝は、女真族じょしんぞくと色目人しきもくじんの血を引く顔立ちを宮女きゅうじょの白粉で塗り固め、絹の衣をまとって変装へんそうを凝らしていた。馬三宝の美... 2025.08.19 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第8話 猫の導き 「漢民族かんみんぞくのお前が辮髪べんぱつとは面白いな」と、高麗人こうらいじんの装束に身を包んだ桂が振り返りながら、笑みを浮かべて言った。その視線の先には、三つ編みを丁寧に結い上げた青年が立っている。 辮髪べんぱつ——それは異民族の髪型... 2025.08.19 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第7話 猫娘憔悴 張の心は、もはや燕王えんおう朱棣しゅていの威光に照らされることはない。桂に振られて以来、その魂は深い闇の底に沈み、日々涙に暮れるばかりであった。心はといえば、遥か高麗こうらいの地にて剣を振るう静謐せいひつなる男のもとへと飛び去り、二度と戻る... 2025.08.19 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第6話 氷檻 夜、桂は宿舎しゅくしゃの窓辺まどべに立っていた。故郷の屋敷やしきを思い浮かべるたび、胸に氷塊ひょうかいが宿るのを感じる。 桂の屋敷は、夜毎に凍いてついた。妻は二人。康氏こうしと韓氏かんし、共に名門めいもんの血を引くが、愛情あいじょうな... 2025.08.19 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第5話 朝の別れ 夜明よあけの空気は冷つめたく、鳥の囀さえずりが静寂せいじゃくを破って響いていた。 障子しょうじに映る光は、まだ薄く、世界がゆっくりと目覚めざめを迎えようとしている時刻である。 桂けいは意識を取り戻した。枕辺まくらべに置かれた書物は開... 2025.08.19 燕王府の黄昏
燕王府の黄昏 第4話 夜更けの自省 三日。ただの三日間——されど、桂けいにとっては異様いような長さであった。 いつもなら、猫の足音が聞こえ、甘あまったるい声が近づき、控ひかえ室の障子しょうじが勝手に開く。けれどこの三日、音ひとつない。桂は筆を持つ手を止め、何度も... 2025.08.19 燕王府の黄昏