第10話 氷の女の理
夜の帳とばりが北平ほくへいに落ちるころ、王府はいつにも増して静かだった。城の石壁が冷たく息を吸い、深いため息を地に吐き出すような、そんな気配に満ちていた。 その奥、燭の火だけが揺れる一室に、ふたりの影が向き合っていた。 […]
夜の帳とばりが北平ほくへいに落ちるころ、王府はいつにも増して静かだった。城の石壁が冷たく息を吸い、深いため息を地に吐き出すような、そんな気配に満ちていた。 その奥、燭の火だけが揺れる一室に、ふたりの影が向き合っていた。 […]
三日。ただの三日間——されど、桂けいにとっては異様いような長さであった。 いつもなら、猫の足音が聞こえ、甘あまったるい声が近づき、控ひかえ室の障子しょうじが勝手に開く。けれどこの三日、音ひとつない。桂は筆を持つ手を止め、
秋風が簷のきを渡り、書斎しょさいを叩く。桂はひとり筆を執り、紙面しめんに黙々もくもくと文字を連ねていた。沈思黙考ちんしもっこうの姿勢は、凛りんとした水面のごとく乱れを見せぬ。だが、その内側に潜む熱は、誰に見せるものでもな
数日を経て、張ちょうと呼ばれる猫めいた女、まるで性に従うがごとく、朝な夕なに桂けいの周囲を遊弋ゆうよくす。 まるで野良の仔が、塀伝いに己が縄張りを確かめるようなものだ。気まぐれでいて、一途。 奔放に見えて、やけに執着深い
洪武こうぶ十四年、北平ほくへい。明朝みんちょうの威光いこうは天を覆い、燕王えんおう朱棣しゅていの府は帝都ていとに次ぐ絢爛けんらんを誇った。朱塗しゅぬりの柱、絹の帳、黄金の燭台しょくだいーの華はなやぎは地上の龍宮りゅうぐう