李成桂、本作最高の癒し系
出自と帰属意識の曖昧さ
李成桂の血筋はモンゴル軍閥である。祖父は女真族としての矜持を強く持ち続け、自らにわずかに残る高麗の血を語る一方で父は自らをモンゴル人と認識し、女真の血統に全く関心を持たず、モンゴル社会において世襲でしか就けない職に就いており、軍閥内での地位は確固たるものだった。
李成桂は、そうした枠組みの中で育ちながらも、モンゴルに強い帰属意識を持つことはなかった。
自分が何者なのか深く考えることはなかったが、祖父に似た民族観を持っているようだ。
父が敵将・陳友諒との一騎打ちに敗れ、極寒の中で凍死。その遺体が犬に食い荒らされたのを目の当たりにしたことが、彼の生き方を決定づけた。
この経験をきっかけに、彼は斜陽のモンゴル帝国を見限る。
女真は当時統一されておらず、互いに潰し合いを繰り返していた。
モンゴルもまた、女真と同じ末路を辿るだろうと、彼は合理的に判断し、高麗への帰順を選ぶ。
血統は複雑で、どこにも完全には馴染まない。
その曖昧さを彼は無理に整理しようとせず、選べる現実だけを選び生きている。
性格と行動
李成桂は、基本的に物凄く人が良い。
性格は温厚で、誰に対しても腰が低く誠実に接する。
争いを避け、無用な対立を嫌い、譲れるものなら譲る。
ただ、その優しさは意識的な善行ではなく、体質に近い。「そう振る舞うのが普通」という感覚で生きている。
嘘は非常に苦手。
試しに嘘をつかせてみると、「う、後ろにお化けがいるぞ…😂」程度のことしか言えない。
人を騙す、操る、利用するといった発想が極端に希薄である。
日常では、かなり理不尽な扱いを受けても声を荒げない。
くだらない言いがかりで殴られても、ほとんどの場合やり返さず、黙って耐える。
「相手がそう思ったのなら仕方ない(。´・ω・)」というような、どこか達観した受け止め方をする。
しかしその一方で、戦場ではまったく別の顔を見せる。
敵の心理を読み取り、行動を先読みし、罠を張り、確実に仕留める。
反撃の余地を一切残さないような冷徹さをもって、相手を葬る。
それは憎悪によるものではなく、「自身に関係する者を再び父のような目に遭わせたくない」という強迫観念から来ている。
敵に対して情を挟まない点で徹底している。
李之蘭のように、人語をほとんど話さない人物にも、彼は普通に応対できる。
言語に頼らず、動きや空気から意思を読み取る。
言葉で確認しなくても、わかることを大事にしている。
能力と欲望の不一致
武芸の才は突出しており、とくに弓術においては一撃で羆を倒す腕前。
戦術も緻密で、実戦では常に冷静に動く。
そのうえで、地位や出世にはまったく執着がない。
本人は無欲で、出しゃばることなく、静かに任務をこなす。
だが、その実力と信頼から、自然に組織の中で重い位置に収まっていく。
出世を狙っていないにもかかわらず、誰よりも地位を保ってしまう。
この「望んでいないのに成功する」という点もまた、彼の矛盾の一つである。
総合的な人物像
李成桂は、極端な要素をいくつも持ちながら、どれも無理なく共存させている。
癒し系で、同時に戦場の修羅。
情に厚く、敵には情けをかけない。
言葉では優しく、行動では冷酷。
自分の痛みには無頓着で、他人の痛みには敏感。
そのどれもが、意図して演じているわけではなく、「自然とそうなっている」。
理屈では矛盾していても、人物としての軸はぶれていない。
その安定感が、人々の信頼を引き寄せている。