I 秦王 朱樉 しゅそう 諡:愍

身分

朱元璋の次男(嫡出)

享年

39歳

幼女・幼男を多数拉致し、自らの欲望のために酷使した。 宮人に対しては舌を切り、火炙り、生き埋めなど残虐な虐待を行った。 領内の人民から財産を収奪し、その暴政は洪武帝の耳にも届いた。

洪武二十八年(1395年)、自ら虐待していた老宮人たちに毒殺される。享年39。 朱元璋は祭文の中で「死んでもその罪は消えぬ」と息子を罵倒した。

II 代王 朱桂 しゅけい 諡:簡

身分

朱元璋の第十三子

享年

73歳

老いてもなお袖に鎚や斧を隠し持ち、市中を徘徊して通行人を無差別に襲撃・殺傷した。 永楽帝から32の罪状を列挙されたが召喚には応じなかった。

三護衛を剥奪されるが王爵は維持されたまま、正統十一年(1446年)に病死。享年73。

III 魯王 朱檀 しゅたん 諡:荒

身分

朱元璋の第十子

享年

19歳

幼男を拉致し、自らの慰みものとした。 畢指揮を殺害、儲指揮を瀕死まで殴打。祭祀中に泥酔し不敬を働いた。 不老長生を求めて丹薬を過剰摂取した。

洪武二十二年(1389年)、丹薬中毒で失明し死去。享年19。 諡「荒」は「好楽怠政・外内従乱」を意味する。王妃・湯氏は凌遅刑に処された。

IV 伊王 朱㰘 しゅい 諡:厲

身分

朱元璋の第二十五子

享年

27歳

郊外で弾弓や剣を用いて通行人を無差別に殺傷した。 領内の民や役人に対し、理不尽な要求と暴力を繰り返した。 永楽帝の訓諭を無視し続けた。

永楽十二年(1414年)に病死。享年27。 礼部が爵位剥奪を建議するも永楽帝が悼んで王爵を維持させた。 諡「厲」は「暴慢無親・殺戮無辜」を意味する。

諡号の意味

Posthumous Titles
愍(びん)朱樉の諡。「哀れむべき」の意。悪行への評価ではない。
簡(かん)朱桂の諡。「簡略・質素」の意。悪行への評価ではない。
荒(こう)朱檀の諡。「好楽怠政・外内従乱」——享楽を好み政務を怠る。
厲(れい)朱㰘の諡。「暴慢無親・殺戮無辜」——暴虐で傲慢、無実の者を殺す。