常茂(しげる)
——金髪ヤンキー将軍、明で一番ヤバい男

📊 基本データ

名前:常茂(しげる)
:常遇春(明の猛将)
:藍氏(藍玉の姉)
岳父:馮勝(明朝の大将軍)
外見:金髪(染めている)
本質:考えるより先に動く男。悪意はないが、やることがヤバい。


🍶 逸話①:酒の席で外交交渉をぶち壊し(納哈出事件)

洪武二十年(1387年)、岳父の馮勝に従って北元の将・納哈出を降伏させる任務に就いた常茂。

順調に進んでいた投降交渉の酒宴で、こんなことが起きた。

納哈出が藍玉に酒を勧められ、何やらモンゴル語でブツブツ。それを聞いた常茂の部下が「ヤバいっす茂様!こいつ逃げようとしてます!」と耳打ち。

「んだとコラァ!」

酔っ払っていた常茂は、いきなり立ち上がって納哈出に飛びかかる。納哈出を組み伏せ、抜刀して腕をぶった斬った

結果、投降していた元軍は「何だこのヤバい奴ら!」と驚愕し、大混乱に。せっかくの勝利をぶち壊し、降伏していた将兵が四散してしまった。

後日談:岳父の馮勝が「茂が全部悪い!」と上奏。常茂も負けじと「あのジジイ(岳父)の不法行為をバラしてやる!」と反撃。翁婿(しゅうとと婿)の壮絶な言い争いが朝廷で繰り広げられ、朱元璋も「どっちもどっちだわ…」と頭を抱えた。


🏠 逸話②:左遷先で土着の女を娶り、またしても問題発生

納哈出事件の責任を問われ、広西の龍州に左遷された常茂。

現地の土官・趙帖堅という男が「おお、これが伝説の常遇春の息子様か!」と一目置き、自分の娘を常茂の妾に差し出した。

「へへっ、流されてもモテるぜ俺!」

ところが、趙帖堅が死んで、その甥が後継者になろうとした時——趙帖堅の未亡人が「うちの娘は常茂に嫁いでるんだ!私が印を持ってる!」と主張。常茂も妻の味方をして、土着勢力の権力争いに巻き込まれる

結果、反乱勃発。洪武帝激怒。「またお前か!!!」

常茂、左遷先でもトラブルを起こすという才能を遺憾なく発揮した。


💀 逸話③:死んだはずなのに生きてた疑惑——詐死事件

洪武二十四年(1391年)、常茂が龍州で死去したと報告が入る。

洪武帝:「……まあ、あいつなりに頑張ったか。許してやるか。」

ところが——その後、衝撃の情報が。

「常茂、実は生きてる疑惑浮上!」

なんと、常茂は死んだふりをして姿を消したらしい。洪武帝は激怒し、大軍を派遣して捜索させる。

発動された軍事力

たった一人のヤンキーを追いかけて、国家総動員である。

結局:趙宗寿(土着勢力のリーダー)が降伏し、常茂は本当に死んでいたことが判明。

だが、ここで終わらない。

なんと、別の史料(俞本『皇明記事録』)には、衝撃的な記述がある。

「後(常)茂領衆叛據山寨,數征未平」
(その後、常茂は衆を率いて叛き、山寨に拠った。数回征伐したが、平定できなかった)

つまり——常茂、実は生き延びて山にこもり、何度も討伐隊を撃退していた可能性が示唆されているのだ。

さらに、『恭城県志』などの地元伝承では、常茂は桂林恭城の深山に逃げ延び、小妾と共に暮らし、四人の息子をもうけたとも言われている。


🎪 茶館のジジイの一言

「常茂って奴はな、明帝国で一番ヤバいヤンキーだった。」

「降伏してきた敵将を斬る。
 左遷先で反乱を誘発する。
 死んだかと思ったら生きてる疑惑で6万の討伐隊。」

「でも、なぜか憎めない。
 それが、金髪ヤンキー将軍・常茂の魅力ってやつだ。」

「……ま、そんな話は、歴史の表には出てこないけどな。」

📝 常茂のヤバい逸話まとめ

エピソード納哈出事件
内容降伏してきた敵将を斬りつける
結果外交交渉ぶち壊し、左遷
エピソード龍州トラブル
内容土着勢力の権力争いに参戦
結果反乱誘発、朱元璋激怒
エピソード詐死事件
内容死んだふり疑惑
結果6万の討伐隊、国家総動員
エピソード生存伝説
内容実は生き延びて山寨に拠った?
結果数回の討伐を撃退?

🐾 常茂のヤバさの本質

常茂のヤバさは、単なる「バカ」ではない。

藍玉(しげるについて):
「あいつはな、悪意がないから、始末に負えないんだ。
 本当に悪意があれば、こちらも手の打ちようがある。
 でも、しげるは——ただ、バカなだけだ。」
🐺 常茂(しげる)は、金髪ヤンキーの皮を被った、明で一番ヤバい男。
降伏した敵将を斬り、左遷先で反乱を起こし、死んだと思ったら6万の討伐隊に追われる。
でも、なぜか憎めない。
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