浅い社交の末路。

SNSはSocial Network Serviceの略。 その名に期待して、似た趣味の人と繋がり、深い話がしたい一心で、 2023年6月28日からTwitter(当時はXへの過渡期)を始めた。

2022年6月から創作を始めていたので、新しい世界に大きな期待を抱いていた。 でも最初は絵を投稿しても反応ゼロ。 フォローの仕方、検索の仕方すら知らず、2週間は完全無反応。
だったが、気づいたらフォロワーが勝手に増えていき、11月頃には1500名を超えた。

問題は社交の浅さだった。 とにかく浅い。
さらにフォロワーが増えすぎてTLすら追えなくなり、 親しみを感じない人からに限って長文DMが来る(最初から規制しなかった自分のミス)。 しょうもないDMとコメントの応酬、自称癌患者とのやり取り(明らかに中の人目当て)で疲弊した。 描いていただいたFAに歪んだ歴史愛好者からケチをつけられるなど、激怒案件もあった。

2024年、AI絵の増加で顔見知りが大量にBlueskyへ流れたため自分も移動。 最初は少人数で楽しかったが、招待制廃止後にXの人が大量流入し、治安が一気に悪化。 人間関係が歪み始め、フォロワーが増えすぎて対応不能に。 アカウント削除、タイツへ移動するも好きな作家のあまりにショック過ぎる告白で心を病んだ。耐えられなくなり、そこもやめた。
その情報、私に言ってくれるな。知らんほうが良かった。他言はしない。でも、それをもう共有したくない。

約2年ほぼ放置していたX垢も、愛着がなく交流する意思もなかったので削除。 大勢の中で感じる孤独ほど苦しいものはない。

新しいアカウントを作り、以前よく話した人を見つけたが、「どうせ話も仲も深まらないだろう」とミュート・ブロック。 驚くほど中身のない浅い関係だった。虚しさ以外何も残っていない。 あまり親しみを感じない人と表面上だけの社交を続けると、魂が死ぬ感覚があった。 自分だけだろうか?
虚しすぎて涙すら出てくる。

繋がってる、というのは相互フォロー? 理解は一切ないのに? Blueskyで700名、Xで1600名。数字だけで心のつながりは無かった。

そもそも対話での相互理解はかなり難しい。 2年近く付き合って「あなたの描く◯◯は実在の人物だったんですね!」と言われた時は、 今まであなたは私の何を見ていたんだ?と思った。
実際に私の描くキャラをググってくださった方は一人だけだった。

SNSは広く浅い社交の場で、リアルな友人とは違う。 悩んだ末、交流をやめ、作品だけを自我抜きで淡々と載せることにした。 お世辞もいらない。互助会みたいなリポスト応酬もしたくない。 私という人間を対話だけで理解してもらうのは無理だった。

交流するには数が多すぎる。おそらく20人が限界。
1600名とかいても気が狂うだけ。 匿名で浅い交流をすると魂が死ぬ。 深い対話を望む自分には向いていなかった。
私は人当たりはむちゃくちゃ良いのだが、仲が一生深まらない関係に投資しようとは思えない。

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